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== [コラム] ロンドンの著名なコーヒーハウスとコーヒーハウスに通った有名人 == 1652年にパスカ・ロゼ Pasqua Rosée がロンドンで最初のコーヒーハウスを開業して以降、1657年頃に「レインボウ Rainbow Coffee House 」「ギャラウェイズ Garraway’s Coffee House 」、さらに「マイルズ Miles’s Coffee House 」を始め、ロンドンの街には次々とコーヒーハウスが開業した。ペストの大流行、ロンドン大火、女性のコーヒーハウスへの反感,チャールズ2世 Charles Ⅱ の「コーヒーハウス禁止令」などの試練を乗り越えて、コーヒーハウスは街の社交場として人気を集め、17世紀末のその数は2000軒とも3000軒ともいわれている。 ロンドンの貴族や上流階級、中産階級の人々は、誰もが行きつけのコーヒーハウスを持つようになった。そして、それぞれのコーヒーハウスには特定の階層や職業の人々集うようになり、客層の均一化がされた。つまり、商人が多く集まるコーヒーハウス、政治家が多く集うコーヒーハウスというように、店ごとの色分けがなされていった。 さらに、客層の均一化だけではなく、商人が多いコーヒーハウスでは、店内で商取引や株の売買などが行われ、コーヒーハウスの域を出た経済活動が行われることになった。また、作家や詩人が多く集まるコーヒーハウスでは、彼らは文学談義を交わし、政治家が多いコーヒーハウス(政党ごとに違う行きつけのコーヒーハウスがあった)。では、そこで政策が話し合われ、イギリスの政治を動かした。また、ジャーナリストたちは、それらの多くのコーヒーハウスを訪れて情報を仕入れて、それを記事にすることで近代ジャーナリズムの基礎を築いた。これらが「イギリスの政治・経済・文化はコーヒーハウスが生み出した」といわれる所以である。 ロンドンでコーヒーハウスに最も勢いがあった、17世紀後半から18世紀を中心に、著名なコーヒーハウス(色分けでいう「政治カフェ」「文学カフェ」「ジャーナリズムカフェ」)とそこに通った有名人をここに紹介してみたい。 →「商業カフェ」は、[コラム]商取引とコーヒーハウス '''「レインボウ・コーヒーハウス Rainbow Coffee House 」''' 1656(7)年にフリート街 Fleet St. で開業。多くの法律家で賑わっていた中に、「コーヒーハウスの父」といわれた旅行家・作家のヘンリー・ブラント Sir Henry Blount がいた。「レインボウ」は、ロンドン大火の直後に「代用貨幣」を発行した先駆けの店でもあった。 →「レインボウ・コーヒーハウス」 '''「マイルズ・コーヒーハウス Miles’s Coffee House 」 ''' ウエストミンスター宮殿 Palace of Westminster に隣接するニュー・パレス・ヤード New Palace Yard にあり、1659年ごろに政治家のジェームズ・ハリントン James Harrington が「ロータ・クラブ Rota Club 」を結成し、共和制政治の議論がなされていたコーヒーハウス。ハリントンの政治家仲間のほか、サミュエル・ピープス Samuel Pepys (作家)、ジョン・ミルトン John Milton (詩人)らの文学者や、軍人のジョン・ワイルドマン Sir Lohn Wildman 、ターコネル伯爵 Earl of Tyrconnell たちが出入りしていた。 →「マイルズ・コーヒーハウス」 '''「ウィルズ・コーヒーハウス Will’s Coffee House 」''' 1660年頃にコヴェント・ガーデン Covent Garden のラッセル通り Russell St. で開業。文学者や知識人が多く、ロンドンの文学カフェの中で最も有名になったこの店の中心人物は、桂冠詩人のジョン・ドライデン John Dryden であった。ほかに、ジョナサン・スウィフト Jonathan Swift(風刺作家)、アレグザンダー・ポープ Alexander Pope(詩人)、ジョセフ・アディソン Joseph Addison(劇作家・政治家)、リチャード・スティール Richard Steele(作家・政治家)、ウィリアム・コングリーヴ William Congreve(作家)、ジョン・アーバスノット John Arbuthnot(博学者)、ジョン・ゲイ John Gay(詩人・劇作家)たちが、夜遅くまで文学を論じあっていたという。 →「ウィルズ・コーヒーハウス」 '''「グリシアン・コーヒーハウス Grecian Coffee House 」''' 1665年頃に開業、1677年にテンプル教会 Temple Church 近くのデヴァルー・コート Devereux Court に移転。名誉革命前後の時期には、近くのテンプル法学院で学んだ法曹家やジョン・トレンチャード John Trenchard、ウォルター・モイル Walter Moyle、マシュー・ティルダン Matthew Tindalらのホイッグ党系政治家・啓蒙主義者が集まる「政治カフェ」であった。 ホイッグ党が政権を掌握した後は、政治家と入れ替わるようにアイザック・ニュートン Issac Newton(科学者)、ハンス・スローン Hans Sloan(医師)、エドマンド・ハレー Edmund Halley(天文学者)、オリバー・ゴールドスミス Oliver Goldsmith(劇作家)、エドモンド・マローン Edmond Malone(文学者)らの科学者や文化人が常連になった。さらに、19世紀には法学生や弁護士のたまり場となった。 →「グリシアン・コーヒーハウス」 '''「スローターズ・コーヒーハウス Slaughter’s Coffee House 」''' 1962年にトーマス・スローター Thomas Slaughter がコヴェント・ガーデンのセント・マーティンズ通り St. Martin’s Ln. で開業。画家や彫刻家などの芸術家に人気で、ジョン・ドライデン(桂冠詩人)、トーマス・ゲインズバラ Thomas Gainsborough (画家)、ウィリアム・ホガース William Hogarth (風刺画家)らが出入りしていた。また、ルイ・フランソワ・ルビリアック Louis Francois Roubilliac (フランスの彫刻家)、アブラハム・ド・ムワヴル Abraham de Moivre (フランスの数学者)、ベンジャミン・フランクリン Benjamin Franklin (アメリカの博学者)らの外国人の常連も多かった。 '''「ホワイツ・チョコレートハウス White’s Chocolate House 」''' 1963年イタリア人のフランチェスコ・ビアンコ(英語でホワイト)Francesco Bianco がセント・ジェイムズ通り St. James’s St. で開業。遊び人が多く、トーリー党系の人々が多かったといわれている。ファッションや浮いた話でもちきりの店では、芝居や舞踏会のチケットも販売していた。また、富と時間がある貴族たちが集うコーヒーハウスであり、彼らはいかさま賭博師たちの餌食になっていた。 1733年にクラブとなり、コーヒーハウスの営業は終了したが、19世紀の伊達男ジョージ・ブライアン・ブランメル George Bryan Brummell も会員であったこのクラブは現在も続いている。 '''「オジンダズ・チョコレートハウス Ozinda’s Chocolate House 」''' 1694年以前にセント・ジェイムズ通りで開業。トーリー党の拠点のコーヒーハウスの一つであり、トーリー党系であったジョン・アーバスノット John Arbauthnot (博学者)やジョナサン・スウィフト Jonathan Swift (作家) が定期的に会合を開いていた。 '''「ナンドーズ・コーヒーハウス Nando’s Coffee House 」''' 開業年は不明だが、1696年には存在していた記録がある。フリート街 Fleet St. にあり、近隣の裁判所関係者をはじめ法曹界の人々に人気があった。弁護士でトーリー党の政治家であったエドワード・サーロウ Edward Thurlow も常連客の一人であった。 '''「ココア・トゥリー・チョコレートハウス Cocoa Tree Chocolate House 」''' 1698年頃にセント・ジェイムズ宮殿 St. James’s Palace 近くのペル・メル通り Pall Mall で開業。王政・貴族・カトリックを意識した高級な店であった。トーリー党の政治家が多く、のちに庶民院(下院)議長になったロバート・ハーレー Robert Harley の会派は毎週木曜日にここで会合を開いていた。1745年頃には党の議員クラブになりコーヒーハウスとしての営業は終了した。 →「ココアトゥリー(コーヒーハウス)」 '''「スミルナ・コーヒーハウス Smyrna Coffee House 」''' 1702年頃ペル・メルで開業したホイッグ党系のコーヒーハウス。後にセント・ジェイムズ通りに移転した。初期のころにはトーリー<s>党系</s>・ホイッグ<s>系</s>の区分もなく、ジョン・アーバスノットやジョナサン・スウィフトも訪れていた。1714年以降は、ジャコバイト(名誉革命によってウィリアム三世が即位した後も、ジェームズ二世を支持した人々)のたまり場になった。 '''「セント・ジェイムズ・コーヒーハウス St. James’s Coffee House 」''' 1705年にセント・ジェイムズ通りで開業。ホイッグ党系の政治家が集う「政治カフェ」であったが、ここでの政治談議や情報を得るために多くのジャーナリストが訪れた。ジョナサン・スィフト、リチャード・スティール、ジョセフ・アディソンもここで話題を仕入れていた。政治色が薄れた18世紀後半には、劇作家のオリバー・ゴールドスミス Oliver Goldsmith、デヴィッド・ギャリック Devid Garrickらの文化人たちが常連であった。 →「セント・ジェイムズ・コーヒーハウス」 '''「トムズ・コーヒーハウス Tom’s Coffee House 」''' ロンドンには複数の「トムズ」があったが、ここではコヴェント・ガーデン、ラッセル通りの「トムズ」を紹介する。「ウィルズ」「バトンズ」が近くにあり多くの文学者たちが常連であったが、ジョセフ・アディソンが、かかわりが深かった「バトンズ」に「トムズ」の常連客を鞍替えさせたという逸話が残っている。のちには俳優で劇作家のデヴィッド・ギャリックや詩人のトーマス・チャタートン Thomas Chattertonらが常連となった。 →「トムズ」 '''「バトンズ・コーヒーハウス Button’s Coffee House 」''' 1712年ごろにコヴェント・ガーデン・ラッセル通りで開業。開業にかかわりがあったジョセフ・アディソンをはじめ、ジョナサン・スィフト 、リチャード・スティール、博学者のジョン・アーバスノット、詩人のアレクサンダー・ポープ Alexander Pope ら多くの作家や文学者たちが常連であった。近代ジャーナリズムに果たした役割も大きく、「ウィルズ」「トムズ」に続くロンドンを代表する「文学カフェ」の一つであった。 →「バトンズ」 '''「ベッドフォード・コーヒーハウス Bedford Coffee House 」''' 「バトンズ」の後に脚光を浴びたコヴェント・ガーデンにあった「文学カフェ」で、開業は18世紀初頭と思われる。「ウィルズ」「バトンズ」を引き継ぐこのコーヒーハウスには、劇作家のデヴィッド・ギャリック、詩人のアレクサンダー・ポープやウィリアム・コリンズ William Collins 、小説家ヘンリー・フィールディング Henry Fielding 、劇作家リチャード・シェリダン Richard B Sheridan らの多彩な人々が集った。一方で科学者たちにも人気で、ジョン・デザグリエルス John Desaguliers (学士院会員の自然科学者)は、客の前で科学実験をし、店内で講義をして、これが店の名物になっていた。 '''「ロイヤル・コーヒーハウス Royal Coffee House 」''' 1865年ピカデリー Piccadilly で開業のロンドン最後の「文学カフェ」。詩人で作家のオスカー・ワイルド Oscar Wilde はいつも美少年と連れ立って来店していた。D・H・ロレンス D H Lawrence (詩人・作家)やアルトゥル・ショーペンハウアー Arthur Schopenhauer (ドイツの哲学者)も常連であった。20世紀になると、亡命作家のシュテファン・ツヴァイク Stefan Zweig 、エルンスト・トラー Ernst Toller 、ヘルマン・ケステン Hermann Kesten らが訪れていた。第二次大戦後は「文学カフェ」としての役割は終わり、高級レストランとパーティルームとなり、現在は改装をして高級ホテルとして営業している。 →「ロイヤル・コーヒーハウス」 (小村嘉人) '''参照文献:''' ・William H. Ukers '' ALL ABOUT COFFEE Second Edition、''1935 ・Bryant Lillywhite, ''London Coffee Houses'' (George Allen and Unwin , 1963) ・菊盛英夫 『文学カフェ』 中公新書 1980年 ・小林章夫 『コーヒー・ハウス』 駸々堂 1984年 ・クラウス・ティーレ=ドールマン 『ヨーロッパのカフェ文化』平田達治・友田和秀訳 大修館書店,2000年 ・岩切正介 『男たちの仕事場 近代ロンドンのコーヒーハウス』法政大学出版 2009年
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