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ビーダーマイヤー
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=='''ビーダーマイヤー Biedermeier'''== 19世紀前半のドイツ・オーストリアを中心に生まれた「もっと日常的なものに目を向けよう」とした市民文化の形態。ビーダーマイヤーとは、ドイツの風刺雑誌「フリーゲンテ・ブレッター」に発表された作品に登場する、小学校教師の名前「ゴットリープ・ビーダーマイヤー先生」に由来しており、政治にかかわらず、堅実な日常を重視する当時の小市民生活を揶揄する言葉であった。 ナポレオンの占領下では市民社会という概念が普及し始めたが、それに対抗するオーストリア政府は厳しい言論統制を強いた。さらに、ナポレオン戦争の後1815年の「ウィーン会議」を経て、オーストリア首相メッテルニヒ Klemens von Metternichのもとで全ヨーロッパは王政復古政治が推進された。権力による圧力のもと、市民には「政治への無関心」・「現実逃避」の風潮が生まれた。この時代の市民の生活文化を総称して、ビーダーマイヤー時代と呼ばれるようになる。 また、この時代に愛用された装飾の少ない実用的な建築・家具・服飾が、後年ビーダーマイヤー様式と呼ばれる。 絵画では宗教的・歴史的なモチーフを排除する作風で、カール・シュピッツヴェーク Carl Spitzweg、フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミューラー Ferdinand Georg Waldmüllerらの作品が有名。 音楽においてはビーダーマイヤー時代という区分はあまりしないが、家庭やサロンで軽やかで慎ましいピアノ曲・四重奏曲・歌曲などが演奏された時期にあたる。この時代を生きた作曲家の中では、フランツ・シューベルト Franz Peter Schubertが最も影響を受けたといわれている。一方政治思想から離れて、ワルツを踊り楽しむヨハン・シュトラウス一世 Johann Strauss Ⅰやヨーゼフ・ランナー Joseph Lannerが活躍した時代でもあった。 詩人のニコラス・レーナウ Nikolaus Lenau、劇作家フランツ・グリルパルツァー Franz Grillparzer、作家フェルディナント・ライムント Ferdinand Raimundもこの時代の人物である。 1848年フランスで二月革命が起きると、その余波はヨーロッパ各地に及び、オーストリア・ドイツにおいても自由主義を目指す三月革命騒ぎが起きて、「ウィーン会議」以降の社会秩序は崩壊に向かう。これと同時にビーダーマイヤー時代も終焉を迎えた。 (小村嘉人) '''参照文献:''' ・『ウィーンのカフェ』 平田達治著 大修館書店 1996年 ・Wikipedia:ビーダーマイヤー (日本語版・ドイツ語版)
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