*コラム:クレメンス八世のコーヒー洗礼は本当か?
*コラム:クレメンス八世のコーヒーの洗礼は真実か?
ユーカーズの『オール・アバウト・コーヒー』に次のような逸話が紹介されている。
「コーヒーがローマに伝えられて間もない頃、司祭たちがクレメンス八世にイスラム教徒が飲むコーヒーという悪魔の飲み物を禁ずるように求めた。教皇はそのサタンの飲み物に興味を覚え、一杯だけ試みに飲んでみて、声を弾ませこういった。『このサタンの飲み物はこれほど美味なのに異教徒だけが飲めるのは残念だ。洗礼を施しbaptizeサタンを欺き、キリスト教徒の飲み物にしよう』」。
この有名な逸話は多くのコーヒー書に取り上げられ、時にヨーロッパ社会にスムースにコーヒーが受け入れられた要因の一つとされる。クレメンス八世の在位中(1592〜1605年)にローマにコーヒーが伝わった証左はないが、時期的には教皇がコーヒーを飲んでもおかしくはない。ただ、『オール・アバウト・コーヒー』以前にこの逸話を紹介しているコーヒー書は確認できず、またこの逸話の出所を明らかにしている文献は見当たらない。
カトリックでは「人」にしか「洗礼」はできないので、「コーヒーに洗礼を施す」はユーカーズの誤りだろう。後の文献の多くは「祝福するbless」としている。「クレメンス八世の逸話」を取り上げている17、8世紀の文献・記録が見つからない限りは、後世の創作の可能性が高い。 (山内秀文)
参照文献
・ウイリアム・H・ユーカーズ『オール・アバウト・コーヒーAll About Coffee』 山内秀文抄訳 2017 角川ソフィア文庫