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シェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunnの近くで1783年の開業。ヨハン・シュトラウス一世 Johann Strauss 1やヨーゼフ・ランナー Joseph Lannerが活躍し、1844年にヨハン・シュトラウス二世がデビューコンサートを開いた。カフェの経営者は次々に変わり改装がなされたが、外観や中庭はそのまま当時を偲ぶことができる、現存するカフェである。 | シェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunnの近くで1783年の開業。ヨハン・シュトラウス一世 Johann Strauss 1やヨーゼフ・ランナー Joseph Lannerが活躍し、1844年にヨハン・シュトラウス二世がデビューコンサートを開いた。カフェの経営者は次々に変わり改装がなされたが、外観や中庭はそのまま当時を偲ぶことができる、現存するカフェである。 | ||
2026年3月4日 (水) 23:42時点における最新版
[コラム] ウィーンのカフェ・コンセール(コンサートカフェ)
ビーダーマイヤーの時代の前後は、家庭やサロンで小さな演奏会が開かれ、音楽が市民の身近となり、現在に続く「音楽の都」の始まりとなった。さらに、18世紀の終わりごろからカフェの広い店内や、店先、庭でコンサートが催されるカフェ・コンセール(コンサートカフェ)が生まれ、19世紀中ごろには最盛期を迎えた。しかしこの時代のカフェは王政復古主義などの政治的ないろいろな制約を受けており、もしフランス革命の影響による政治不安がなければ、カフェ・コンセールも違う形で展開していたのかもしれない。
代表的なコンサートカフェ(カフェ・コンセール)を紹介する。
「カフェ・ワーグナー Cafe Wagner」:
レオポルトシュタット Leopoldstadt地区(ドナウ運河の北側でシュラーク橋(現在のシュヴェーデン橋)の近く)で、イグナーツ・ワーグナー Igunaz Wagnerが開業した宮殿のような豪華大型カフェ。
「ユングリングのカフェ Cafe Jungllingu」:
同じくレオポルトシュタット地区のカフェ。1803年にカフェ・サロンに改装し、庭とバルコニーを作り多くのコンサートが開催された。
「ヴィーガントのカフェ Cafe Wiegand」:
ケルントナー Kärntner門(現在の国立歌劇場近くにあった城壁の門)近くにあり、音楽愛好家が庭先で多くのコンサートを開催した。
「第一カフェ館」:
1789年にプラーター Prater(もとはハプスブルク家の狩場で、1873年のウィーン万博の会場になった。)で開業した3軒のカフェ・コンセールのひとつ。1814年にはベートーヴェン Ludwig van Beethovenが自身作曲のピアノ三重奏を演奏した。
「第二カフェ館」:
同じくプラーターの3軒のうちのひとつで、1844年にはヨハン・シュトラウス二世 Johann Strauss Ⅱが出演した。19世紀後半まで営業していた。
「カフェ・ドムマイヤー Cafe Dommayer」:

シェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunnの近くで1783年の開業。ヨハン・シュトラウス一世 Johann Strauss 1やヨーゼフ・ランナー Joseph Lannerが活躍し、1844年にヨハン・シュトラウス二世がデビューコンサートを開いた。カフェの経営者は次々に変わり改装がなされたが、外観や中庭はそのまま当時を偲ぶことができる、現存するカフェである。
(現住所:Dommayergasse 1, 1130 Wien)
「ヤーンの宮廷料理店」:
1788年に開業したサロン付きの料理店で、ベートーヴェンやモーツァルト Wolfgang Amadeus Mozartが演奏した記録がある。1891年にカフェに業態変更し、現在も「カフェ・フラウエンフーバー cafe Frauenhubaer」として営業している。
(現住所:Himmelpfortgasse 6, A-1010 Wien)
(小村嘉人)
参照文献:
・菊盛英夫 『文学カフェ』中公新書,1980年
・平田達治 『ウィーンのカフェ』大修館書店,1996年
・クラウス・ティーレ=ドールマン 『ヨーロッパのカフェ文化』平田達治・友田和秀訳 大修館書店,2000年