「ババ・ブダン」の版間の差分

提供:コーヒー歴史年表
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=== 1600年頃 ===
インドのイスラムの巡礼者ババ・ブダンがモカからマイソールにコーヒーを持ち帰る(伝説?1695年頃という説も)。


'''ババ・ブダン'''Baba Budan:生没年不詳(伝説上の人物の可能性もある)


 インドのイスラム教徒(スーフィー)。1600年頃(1695年頃の説もある)、メッカに巡礼に赴き、イエメンのモカからコーヒーの実をマイソールに持ち帰る。マイソールの北西のチクマガルルChikkamagaruluの丘陵にコーヒーを植え、次第に付近に繁茂したという。
'''ババ・ブダン'''Baba Budan:
 生没年不詳(伝説上の人物の可能性もある)。インドのイスラム教徒(スーフィー)。1600年頃(1695年頃の説もある)メッカに巡礼に赴き、イエメンのモカからコーヒーの実をマイソールに持ち帰る。マイソールの北西のチクマガルルChikkamagaruluの丘陵にコーヒーを植え、次第に付近に繁茂したという。


 ウィリアム・H・ユーカーズは『オール・アバウト・コーヒー』でマイソールの原生林にコーヒーの木が茂っているのを発見し、「マイソールで現地人が栽培するコーヒーの大部分はババ・ブダンに由来する」と推測している。現在もチクマガルルの丘陵地帯ににババ・ブダンの名にちなんだババブダンジリBababudangiriという地名が残っていて、一帯はコーヒー農園が広がっている。
 ウィリアム・H・ユーカーズは『オール・アバウト・コーヒー』でマイソールの原生林にコーヒーの木が茂っているのを発見し、「マイソールで現地人が栽培するコーヒーの大部分はババ・ブダンに由来する」と推測している。現在もチクマガルルの丘陵地帯ににババ・ブダンの名にちなんだババブダンジリBababudangiriという地名が残っていて、一帯はコーヒー農園が広がっている。
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 多くのコーヒー書でとりあげられているが、出典が明らかでなく伝説の可能性もある。
 多くのコーヒー書でとりあげられているが、出典が明らかでなく伝説の可能性もある。


参照文献
参照文献:


・『オール・アバウト・コーヒーAll About Coffee』ウイリアム・H・ユーカーズ著、山内秀文抄訳 角川ソフィア文庫
・『オール・アバウト・コーヒーAll About Coffee』ウイリアム・H・ユーカーズ著、山内秀文抄訳 角川ソフィア文庫


・wikipedia:Baba Budan, Bababudangri(英語)
・wikipedia:Baba Budan, Bababudangri(英語)

2024年8月6日 (火) 07:53時点における版


ババ・ブダンBaba Budan:  生没年不詳(伝説上の人物の可能性もある)。インドのイスラム教徒(スーフィー)。1600年頃(1695年頃の説もある)メッカに巡礼に赴き、イエメンのモカからコーヒーの実をマイソールに持ち帰る。マイソールの北西のチクマガルルChikkamagaruluの丘陵にコーヒーを植え、次第に付近に繁茂したという。

 ウィリアム・H・ユーカーズは『オール・アバウト・コーヒー』でマイソールの原生林にコーヒーの木が茂っているのを発見し、「マイソールで現地人が栽培するコーヒーの大部分はババ・ブダンに由来する」と推測している。現在もチクマガルルの丘陵地帯ににババ・ブダンの名にちなんだババブダンジリBababudangiriという地名が残っていて、一帯はコーヒー農園が広がっている。

 多くのコーヒー書でとりあげられているが、出典が明らかでなく伝説の可能性もある。

参照文献:

・『オール・アバウト・コーヒーAll About Coffee』ウイリアム・H・ユーカーズ著、山内秀文抄訳 角川ソフィア文庫

・wikipedia:Baba Budan, Bababudangri(英語)