ヨハネス・ディオダド
ヨハネス・ディオダド Johannes Diodato
イスタンブール生まれのアルメニア人。幼少のころから王室相手の宝石商であった父に連れられてヨーロッパ各地を往来していた。1654年にウィーンに居を構え、多くの事業を手掛けた。ウィーン市からトルコの商品を扱う許可を取得して、シュテファン寺院北のウィーン市税関の近く(現在のローテン・トゥルム通り14番地といわれている)に店舗を構えた。この店は多くの交易商が集まる好立地にあり、オーストリア・トルコ双方の情報が入手でき、ディオダドは徐々にウィーン在住のアルメニア人交易商の実力者にのし上がた。1683年の「トルコ軍のウィーン包囲」の後の1688年(1685年説もある)に、皇帝からカフェ営業許可を取得して、市税関の斜め向かいの「バッヘンベル館」にウィーン最初のカフェを開業した。
このカフェは場所柄、客のほとんどは交易商で、交易の情報収集の役割を果たす「政治カフェ」であった。ディオダドは政商として危ない目に遭いながらも、18世紀前半まで活躍をした。なおディオダドの名は、現在でもウィーン市第4区(ヴィーデン)にある公園の名前として残っている。
一方、市民相手の最初のカフェは、1697年(1694年ともいわれる)に、同じくアルメニア人のイザーク・ドゥ・ルカが開業した。 (小村嘉人)
参照文献:
- 平田達治著 『ウィーンのカフェ』大修館書店,1996
- 田部井朋見著『ウィーンのカフェハウス』東京書籍,2007