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「トーリー党」の版間の差分

提供: コーヒー歴史年表
Hide Yamauchi (トーク | 投稿記録)
ページの作成:「=='''トーリー党'''Tory Party== 1678年に成立し1830年代まで続いたイギリスの政党で、現在の保守党の前身。 17世紀の王政復古期にチャールズ二世の王位継承者として弟でカトリック教徒のジェイムズ(後のジェイムズ二世)の即位を認めた一派で、旧貴族階級が多く宮廷を基盤とし、王権の支持、イングランド国教会の信仰が基本姿勢であった。トー…」
 
Komura (トーク | 投稿記録)
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=='''トーリー党'''Tory Party==
=='''トーリー党''' Tory Party==


1678年に成立し1830年代まで続いたイギリスの政党で、現在の保守党の前身。
1678年に成立し1830年代まで続いたイギリスの政党で、現在の保守党の前身。


17世紀の王政復古期に[[チャールズ二世]]の王位継承者として弟でカトリック教徒のジェイムズ(後のジェイムズ二世)の即位を認めた一派で、旧貴族階級が多く宮廷を基盤とし、王権の支持、イングランド国教会の信仰が基本姿勢であった。トーリーとはアイルランド語の「無法者tóraidhe」が語源であり、対立する[[ホイッグ党]]が侮蔑の意味で付けた呼び名だが、次第に自身でもトーリーと称するようになった。
17世紀の王政復古期に[[チャールズ二世]] Charles Ⅱ の王位継承者として弟でカトリック教徒のジェイムズ(後のジェイムズ二世 James Ⅱ )の即位を認めた一派で、旧貴族階級が多く宮廷を基盤とし、王権の支持、イングランド国教会の信仰が基本姿勢であった。トーリーとはアイルランド語の「無法者tóraidhe」が語源であり、対立する[[ホイッグ党]]が侮蔑の意味で付けた呼び名だが、次第に自身でもトーリーと称するようになった。


集会や政治談議をしたコーヒーハウスは「ホワイツ」、「ココア・トゥリー」、「オジンダズ」などであり、「セント・オルバンズ」、「ファウンティン」などのタヴァーン(居酒屋)も利用していた。ホイッグ党とともに二大政党制の一翼であったが、1830年代の政界再編で「保守党」に改められた。 (小村嘉人)
集会や政治談議をしたコーヒーハウスは「ホワイツ White's Chocolate House 」、「[[ココアトゥリー(コーヒーハウス)|ココア・トゥリー]] Cocoa Tree Chocolate House」、「オジンダズ Ozinda's Chocolate House 」などであり、「セント・オルバンズ St. Alban's Tavern 」、「ファウンティン Fountain Tavern 」などのタヴァーン(居酒屋)も利用していた。ホイッグ党とともに二大政党制の一翼であったが、1830年代の政界再編で「保守党」に改められた。 (小村嘉人)





2026年7月16日 (木) 03:39時点における最新版

トーリー党 Tory Party

1678年に成立し1830年代まで続いたイギリスの政党で、現在の保守党の前身。

17世紀の王政復古期にチャールズ二世 Charles Ⅱ の王位継承者として弟でカトリック教徒のジェイムズ(後のジェイムズ二世 James Ⅱ )の即位を認めた一派で、旧貴族階級が多く宮廷を基盤とし、王権の支持、イングランド国教会の信仰が基本姿勢であった。トーリーとはアイルランド語の「無法者tóraidhe」が語源であり、対立するホイッグ党が侮蔑の意味で付けた呼び名だが、次第に自身でもトーリーと称するようになった。

集会や政治談議をしたコーヒーハウスは「ホワイツ White's Chocolate House 」、「ココア・トゥリー Cocoa Tree Chocolate House」、「オジンダズ Ozinda's Chocolate House 」などであり、「セント・オルバンズ St. Alban's Tavern 」、「ファウンティン Fountain Tavern 」などのタヴァーン(居酒屋)も利用していた。ホイッグ党とともに二大政党制の一翼であったが、1830年代の政界再編で「保守党」に改められた。 (小村嘉人)


参照文献:

・小林章夫 『コーヒー・ハウス』 駸々堂 1984年

・岩切正介 『男たちの仕事場 近代ロンドンのコーヒーハウス』法政大学出版局 2009年

・Wikipedia トーリー党